【最終章】

プリンス大会を目前に控えた2年生は
厳しいレッスンを強いられていた。


〜灰原孝貴&柳生龍之介の場合(ver.舞踏会部門)〜

「いいか。まずは相手を安心させることが大切だ。
 そのためには、腰に添える手の位置が肝心だな」

「なるほど。勉強になります」

「男相手ではやり難しいかもしれんが一度俺で実践してみるといい」

「は、はい。 よろしくお願いします、柳生先輩」


〜柊元親&荊木静の場合(ver.エスコート部門)〜

「は〜いっ! お手をどうぞ、お姫様♪」

「うん、いいねー。
 じゃあそれもう一回ねー……ぐー…」

「えー! 寝てる!!! ちゃんと見てよ静ちゃん先輩〜っ!」


〜白瀬雪斗&浪川拓海の場合(ver.愛の言葉〜Je t'aime〜)〜

「はいはい、照れないでユッキー!
 もう一回おっきな声で、せーのっ!」

「お…俺、俺は…おっ…お前を…その、なんだ…
 ………い、言えるか!!!」

「そんなんじゃ優勝できないっしょー?
 はい、もう一回!」

「だっ…誰か助けてくれ…!」


・・・かくして、プリンスコンテストは幕を開くのであった。


プリンスコンテスト当日。

今回のコンテスト対象である俺たち2年生と彼らを支えてきた3年生たち。
そして、審査員を兼ねた先生方が集まり、
コンテスト会場である講堂はいつも以上に賑やかだ。

講堂には自由に飲むことが出来る
ジュース類も机の上に何種類も置いてある。

「ん〜なんだかワクワクしてきた!
 ね、ユッキー♪」

「誰がするか! こんな大勢の前でアレを言えだなんて…
 誰か嘘だと言ってくれ…」

「まぁまぁ、雪斗。
 彼女以外はじゃがいもだと思えば大丈夫だよ。
 緊張した時は心の中で、じゃがいも〜じゃがいも〜って
 唱えながら壇上に上がれば大丈夫だって
 柳生先輩に教えてもらったよ」

灰原はすっかり柊の保護者だ。

「えー、ボクじゃがいもじゃなくてキャラメルがいいな〜」

「じゃあチカはキャラメルだね」

「じゃがいもじゃがいもじゃがいもじゃがいも…」

喜ぶチカの横で、ぶつぶつとじゃがいもと唱える雪斗。
2年生から一人だけ選ばれるナンバーワンプリンス。
俺達も戦わなければならない好敵手ではあるけれど
いつも通り過ごせていることが嬉しい。

「コウちゃん?」

思わず顔が綻んでいたのか
不思議そうな顔でチカに顔を覗き込まれる。

「ううん、なんでもない。
 ただ嬉しいなって思ったんだ」

  「ふーん? …あ、あの子が来たよっ!
 お〜い、こっちだよ〜!」

チカが手を振っている方へ俺も視線を向けると
初めて彼女を見た先輩も多いのだろう。
興味津々な目線に戸惑いながら
ぱたぱたとこちらへ走ってくる。

心なしか硬い彼女の表情を
少しでも和らげることが出来たらと
先輩達の目線から隠せる位置に立つ。

「おはよう。緊張してる?」

こくりと頷く彼女の手をとり

「緊張しなくなる、おまじない」

ね?
そう言って笑いかけると
少しだけ、彼女の表情が和らいだような気がした。

「コウちゃんずーるーい! ボクも!」

反対側の手をチカが握る。
雪斗は、どうするのだろう。
一度、彼女と視線を合わせてすぐに逸らす。
そのまま右手をぎゅっと握り締めて。

「…今回だけだからな」

雪斗はそう言って、彼女の頭を二度、三度撫でた。

「ユッキーもやれば出来るじゃーん!
 はい、ボクからもユッキーいいこいいこ〜♪」

「やっ、やめろ柊!」


『これより、プリンスコンテストを行います。
 出場生徒は速やかに集合してください。繰り返します…――』

「集合の合図だね。 俺達も、もう行かないと」

「またあとでね〜♪」

彼女に手を振りながら
俺達は2年生の席へ
彼女は審査員席へと足を運ぶ。
そこにどこからともなく現れた浪川先輩が
彼女の手をとり、席までエスコートする。
もちろん、椅子を引いて座らせるところまで完璧に。

(なるほど、これがエスコートか…)

流石に先輩というだけあってその動作はあまりにも自然だった。
自分もそんな風になりたいと思う。
――それが、彼女相手なら尚更のことだ。

浪川先輩が荊木先輩と柳生先輩の元へ戻ると同時に
会場に大きなアナウンスが響き渡る。

『それでは、プリンスコンテストを開始いたします!』


〜エスコート部門(柊元親の場合)〜

(1)エスコート部門
その名の通り、いかに姫君を完璧にエスコートできるかを競う。
王子的、かつ紳士的な振る舞いで姫君をどれだけ満足させられるかがポイント。
ちなみに、方法は問わない。

「静ちゃん先輩、よろしくね。
 コウちゃんはヘタレだしユッキーは本番に弱そうだから
 優勝するのはボクに決まってるよ!」

「頑張れー。眠い…早く帰って寝たい」

「いつも寝てばっかじゃん!」

流石に2年生全員分のエスコートを受けるのは
疲れてしまうだろうという理由から
今回は今まで練習してきた先輩とペアを組み
その先輩をエスコートする、という内容になった。

(ほんとは彼女をエスコートしたかったけど…)

「よーし、がんばろっ!」

単純なのかもしれないけど
あの娘が見ていてくれると思うだけで
ボクはいつもより頑張れる気がする。

エスコート内容はこうだ。
壇上に置いてある椅子に、
講堂の外で待っている静ちゃん先輩を出迎えて送ること。
途中にある階段で相手が転ばないように気をつけないといけないんだよね。

まずは、講堂のドアを開けて静ちゃん先輩を出迎える。

「お待たせしましたっ、静ちゃん先輩♪」

「んー? もう出番ー?」

「出番出番! はい、ボクの腕に掴まって!」

ボクが左に立って
静ちゃん先輩よりもボクの方が背が高いから
そこもちゃんと考えて
先輩の掴みやすい位置に腕を差し出す。

「はい、お手をどうぞ〜」

「はいはい失礼しますよー」

静ちゃん先輩がボクの腕を掴んだのを確認して一歩ずつ壇上へと歩き出す。
歩調はしっかり先輩に合わせることも忘れずに。

そして階段では先輩が転ばないように
後ろから支えながら上がる。

最後に、椅子に座ってもらう前に
服が汚れないようにハンカチを広げてその上に座ってもらった。

「以上で〜す!
 静ちゃん先輩、どーだった!?」

「うん、まあまあじゃないかなー」

「ひどい! もっと褒めてよ〜><」

会場をぐるっと見回して、
審査員席に座っているあの子にとびきりの笑顔で手を振った。


〜舞踏会部門(灰原孝貴の場合)〜

(2)舞踏会部門
社交界に舞踏会はつきもの。
自分の開いたパーティーや、招かれたパーティーで
どれだけ美しく舞うことができるかが競われる。
また、ダンスの方法(種類)は問わない。

この部門もエスコート部門同様
彼女に負担をかけさせない、といった理由から
自分を担当してくれた3年生の先輩とのペアダンスになった。

エスコート部門と違うのは舞踏会形式ということで
講堂内にそれぞれのペアが踊りたい部門の曲ごとに散らばり
一度にそのダンスの様子を審査するということだ。

逆に言うと、審査員にアピール出来る時間が
それぞれのペアで分散されて
少ないことに注意しなければならない。

孝貴は3年生の席から目的の人物を探し出し腕を差し出す。

「改めまして、よろしくお願いします。柳生先輩」

「あぁ、こちらこそよろしくな」

椅子から立ち上がる際に
自分の指先を掴む手の大きさに驚く。

大柄な身体に、本来はリードする側の自分が
練習中何度リードされる側に回ってしまったか数え切れない。

それでも、その大きな身体から踏み出されるステップの繊細さに
学ぶところも多かったのも事実だ。

「先輩に比べたら俺なんてまだまだ未熟者ですが…
 それでも今日は精一杯やらせていただきます」

「あそこで心配そうに見守ってるあいつの為にも頑張れよ、灰原」

「わぁっ…! っと。 はい、頑張ります」

まさか突然ニヤリと笑った柳生先輩に
頭をわしゃわしゃと撫でられるだなんて想像していなかったから
思わず変な叫びをあげてしまったのは仕方がなかったと思いたい…。

指定の場所に着くまで
しっかりと柳生先輩をエスコートしながら移動し
指定場所に着いた後は、ダンスの最初の形態をとる。

自分の左手を柳生先輩の右手と繋いで右手を先輩の腰元に回す。

その状態のまま先輩と呼吸を合わせる。

曲が流れ出すと、自然と身体が反応した。

周りのペアが足を踏んでしまったり他のペアとぶつかったりしてしまっている中
小さなミスもなく、一曲全てを踊り終えた。

俺のリードが完全だったとはまだ言いがたいけれど
彼女ともこんな風に踊ることが出来たらどれ程楽しいことだろう。

(――今度は、君と一緒に踊れたらいいのに)

審査席に座る彼女へ視線を向けて
拍手をする彼女と目線が交差する。

彼女の方へ身体を向けて礼をすると
にこ、と笑いかけてくれた。

「…それじゃあ先輩、戻りましょうか」

そう言って腕を差し出すと
やっぱり少し楽しそうに笑って

「若いな」

ただ一言、そう呟かれた。
自分の気持ちを見透かされているようで

「やっぱり、先輩には適わないです」

そう言って、歩き始めた柳生先輩に照れ笑いをひとつ。


『それでは、ここで10分の休憩をとります。
 休憩の間に、3年生は担当した2年生のエスコート部門と舞踏会部門の評価と
 愛の言葉のアドバイスをしてあげてください。繰り返します―…』

アナウンスが流れ出すと
3年生の先輩方が2年生を迎えに席を立つ。

「ユッキー! 作戦会議するから、はい、きりーつ!」

「ちょっと浪川先輩、そんなに急がなくても…!」

「時間は10分しかないんだよー。
 急がないと作戦会議できなくなっちゃうっしょ!
 柊くんも立って立ってー。
 灰原くん、リュウは先生に呼ばれて、ちょっと遅れるみたいだから君はそのまま待っててあげて」

「はい、ありがとうございます」

「またね〜! コウちゃん」

雪斗とチカが浪川先輩と荊木先輩に連れられていく。
先生に呼び出されたのは、去年の優勝者だからだろうか。
先輩を待っている間、会場を眺めてみる。
2年生・3年生のペアが身振り手振り使って話し合っていたり
ペア同士がお互いの健闘を祈って、ハイタッチをしたりしている。

ざわざわとした会場の中
もう一度、審査員席の彼女に目を向ける。

(あ、)

少しだけ俯いて、じっと座っている彼女。

彼女に気をとられていて気付かなかったが
柳生先輩が先生との話を終えて、俺のところに来ていてくれていた。

「すまん、待たせたな」

「いえ、気にしないでください。
 それよりも…すみません、少し待っていてもらってもいいですか?」

「…? あぁ」

「ありがとうございます。すぐ戻ります!」

人の間を抜けて、飲み物が置いてあるテーブルを目指す。
彼女は何が好きだっただろう。

(オレンジジュース、だったかな)

コップにジュースを注いで
零さないように来た道を戻る。

俯いていた彼女が顔を上げて
ちょっとだけ驚いた顔。

「お疲れ様。 良かったらこれ飲んで。
 あともうちょっとだから、頑張ろう。」

笑顔で頷く彼女に少しだけ安心した。

「じゃあ、先輩を待たせてるから行ってくるね。
 これも、よかったら使って」

口を拭くように持ってきたナプキンを渡してから
先輩が待っているところへ向かう。

「柳生先輩すみません、お待たせしました」

「あぁ、もう用は済んだのか?」

「はい、もう大丈夫です。
 遅くなってしましましたが
 評価とアドバイス、よろしくお願いします」


〜愛の言葉〜Je t'aime〜(白瀬雪斗の場合)〜

(3)愛の言葉〜Je t'aime〜
姫は社交界の華。
可憐で儚くたおやかな華は皆、その寵愛を受けんとする。
どの王子が姫の心を射止めるかは、王子次第。
もっともロマンチックな愛の言葉を贈ったものが勝利を手にする。

これまた方法は問わない。 今回は、審査員席の方を向きながらのコンテストだ。

一つの舞台を見ているかのように動きながら愛の言葉を囁く者。
愛の言葉を曲にのせて歌う者。
それぞれの表現が交差する中
白瀬雪斗はそれらを一切見ることなく
ただ、ため息をつく。

(これが本当に立派な王子になる為に必要なことなのだろうか…)

しかし、ため息をついてばかりではどうにもならない。
休憩時間に教えてもらった浪川先輩のアドバイスと
コンテスト前に教えてもらった灰原のアドバイスを思い出す。

「伝えたい言葉を素直に表現すること。
 伝えたい相手を思い浮かべて言葉に出すこと」

(それが難しいから困っているんだが…)

「そういえば、灰原のアドバイスで
 緊張した時はあいつ以外はじゃがいもだと思えばいいと言っていたな」

じゃがいもじゃがいも。

「あぁでも柊はキャラメルだとか言っていたな…」

そもそも人間を食べ物に例えるというのがおかしい。
じゃがいもに灰原の顔を。
キャラメルには柊の顔を。
それぞれじゃがいもとキャラメルがあいつらの顔をして
喋っているところを想像する。

非現実的なその様子がなんだか面白くて
自然と緊張がほぐれてきたように感じる。

『次は、白瀬雪斗くんお願いします』

「はい」

「よっしゃ! 頑張れよ、ユッキー」

浪川先輩にポンと背中を押され、壇上へ。
審査員席の方を向くと、俺以上に緊張している表情のあいつと目が合った。

(言う側の人間より
 言われる側の人間の方が緊張しているってどういうことなんだ、一体)

思わず笑みがこぼれる。
そのまま深呼吸をして。

「お前にかけられる言葉は少ないかもしれない。
 けれど、その一つ一つに自分の気持ちをしっかりのせて
 お前に届けられればいいと思っている。
 俺からお前に伝える言葉に嘘はない。
 一度しか言わないから、よく聞いておけ。
 …お前が好きだ」

しっかりと、目を見て言えたのだろうか。
言い終わった後に、恥ずかしさが湧き上がってきて
礼もそこそこに壇上から降りる。

出迎えてくれた浪川先輩は

「やればできんじゃん! 見直したぜー!」

と、明るく肩を組んできたが
それに抵抗する体力はもう残っていない。

(とにかく恥ずかしすぎて、早くこの場から逃げたい…!)


彼女と先生が優勝者を決めるまでの間
俺達は緊張しながら結果を待っているのかと言われればそうではなく。

ただ少し、例外的に約1名がいつもと違う様子だった。

「俺はもう駄目かもしれない」

約1名、こと白瀬雪斗は
まるで真っ白に燃え尽きたかのように
椅子に深く腰掛けて項垂れていた。

「ユッキー頑張ってたじゃ〜んっ!
 まぁ優勝するのはこのボクだけどねっ!!」

「柊、今はお前と喧嘩をする気すら起きない。
 大勢の前であんな恥ずかしいことを言ったんだぞ…!
 明日からあいつにどんな顔をして会えばいい…」

「雪斗がここまで取り乱すなんて珍しいね」

「むしろお前らが平然としていることに驚きを隠せないんだが…」

「白瀬くんの頑張りは褒められていいと思うよー。
 すごいすごいー」

「傷をえぐらないでください、荊木先輩…」

「騒がしいぞお前達。
 ほら、これでも飲んで元気出せ」

「こっちにもあるぜー」

そう言って、柳生先輩と浪川先輩が
ジュースの入ったコップを差し出してくれた。

「・・・ありがとうございます」

「リンゴジュースだ〜!
 ほらユッキー、リンゴジュースだよっ!」

「分かった、分かったら少し黙れ馬鹿」

飲み物を飲んだことでやっと落ち着いたらしい。
いつもの雪斗に戻ってくれたようだ。

6人でのほほんとリンゴジュースを飲んでいる最中
講堂の電気が落とされ、壇上にスポットライトが当てられる。
その中心に立っているのは、彼女、だ。
ピンク色の花束を持って立っている。

(綺麗、だな)

素直にそう思った。


『それでは、結果発表を行います』

マイクを持った先生が彼女の横に立って発したその言葉に
しんと静まり返った講堂に緊張が走る。
時計の針が動く音だけが響いていた。

『コンテストの優勝者は、
 シンデレラの王子様、灰原孝貴くんです!
 おめでとうございます!』

「…え…?」

突然、目の前が眩しくなった。
スポットライトが当たり、壇上の先生と彼女が
にこにこしながらこちらを見ている。

『それでは優勝者の灰原くんは壇上までお越しください』

先生がそう言うと同時に
隣に座っていた柳生先輩に背中をポンと叩かれる。

「良かったな。 お前が優勝だ」

「でも、俺…」

チカの方が上手く荊木先輩をエスコート出来ていたと思うし
雪斗の方が気持ちを伝えることも上手かったと思う。
他の2年生達だって相当練習をしてきていた。

俺は柳生先輩がいなければ失敗していた可能性だって高い。

事態が飲み込めないまま
拍手が鳴り止まない中、壇上へ向かう。

『優勝者の灰原くんに
 学園唯一の姫から花束が贈呈されます』

彼女が先生の隣から一歩前に出て
俺の方へ花束を差し出す。
お日様のような彼女の笑顔に
俺の顔も自然と綻んだ。

受け取った花からはふわりと甘い香りがした。

『そして次に、3年生特別賞の発表です。
 特別賞は―…人魚姫の王子様、浪川拓海くんです!
 おめでとうございます!
 壇上までお越しください』

先程と同じようにスポットライトが浪川先輩に当たる。
浪川先輩が俺の横に立つと

「おめでと、灰原くん!」

明るい声で、ぽんと背中を叩かれた。


「それから一日お疲れ様、転入生ちゃん」

彼女に対する気遣いも忘れないところがさすが浪川先輩だ。
そんなやりとりを黙ってみていた先生は
うんうんと一人頷いて、再びマイクを持つ。

『今のやりとりをご覧になりましたでしょうか
。  この壇上に立つ二名の生徒が選ばれた理由がここにあります。
 コンテストをしている時だけではなく
 それ以外でも相手を思いやり、言葉をかけ、行動に移せる人間。
 それこそが本当の意味での"王子様"となれるのです。
 みなさんもここにいる彼らを見習い、日々、精進してください。
 それでは最後に、二人と、今までプリンスコンテストを見守ってくれていた彼女に
 盛大な拍手をお願いします!!』

大きな歓声と大きな拍手の音。
それから、いつの間に用意していたのか
先生方がクラッカーを鳴らして、俺と浪川先輩を祝福してくれた。

浪川先輩はにかっと笑って会場に手を振っていて
俺はもらった花を大事に抱えながら
隣に立つ彼女の拍手に「ありがとう」と伝える。


「浪川先輩」

「ん、オッケー」

お互いに顔を見合わせて
会場に向けて深々と礼をする。

よりいっそう大きくなった拍手を聞きながら
優勝者に選ばれた喜びを噛み締めた。


こうして、プリンスコンテストは幕を閉じたのであった。

《おわり》







【第3話】

「プリンスコンテスト」

理事長から突然言い渡された謎の行事。
その詳細を知るべく、俺と灰原と柊の3人で
3年生の教室までやって来た。

「……というわけで、去年この行事を経験した
 3年生の先輩方にお話を伺おうと思ってここまで来たんです」

「よろしくお願いしまーす!」

「よろしくお願いします」


見知った顔の先輩方は相変わらず自由だ。
いまだに「プリンスコンテスト」が何なのかは分からないが、
"プリンス"と名が付くくらいだ。
きっと王子らしい何かをコンテストで競うのだろう。

そうであるならば、
この学園でも特に由緒正しい家柄だと言われている彼等のことだ。
多少は役に立つアドバイスが聞けるだろう…。

「何だ、もう来たのかよ2年トリオ〜」
「面倒くさいからナミーが教えてあげてね。 おれは寝るから」
「今年の優勝商品も豆大福なのか…?」

…と、思ったのも束の間。
彼等の表情を見てそんな希望は露と消えた。

これからの事を考えると不安はぬぐえないが、
頼れるところは今のところ3年の先輩しかいないのも確かだ。


「王立王子学園」

王子の末裔が王子の名に恥じぬよう、
特別なカリキュラムの組まれた学園。

その割りには堅苦しいと感じたことはなく、
むしろ自由な校風に驚かされることの方が多いわけだが…。
今回の行事も、学園長の気まぐれで始まったという噂だ。

「そもそも、この"プリンスコンテスト"とは
どんな行事なんですか」

「これって、ミスコンみたいに一番カッコいい王子様を選ぶってこと?
 イケメンコンテストとは違うのー?」

俺の質問に続き、柊もここぞとばかりに疑問を投げかける。

「こらチカ、先輩になれなれしいよ。ちゃんと敬語つかって」

「…はーい。ごめんなさーい」

「くだらない…」

灰原はすっかり柊の保護者だ。

「こら、雪斗もそうゆう事口に出して言わない。
 もしイケメンコンテストだったとしても、楽しむしかないよね…」

なにが楽しむ、だ。
学校を何だと思っている。
イケメンだのなんだの…仮にも名門と呼ばれる学校が
恥かしいと思わないことがまず問題…

「一番カッコいい王子…?」

「イケメンコンテスト…?」

「おもしろい…だと?」

浪川先輩、荊木先輩、柳生先輩が示し合わせたかのように
ぼそりとつぶやいた。

「え? なんですか先ぱ…」

「よーし、お前らそこに並べ。
 王立王子学園名物"プリンスコンテスト"が
 どれだけ過酷な行事かお前らに叩き込んでやっから。
 白瀬は俺と! 灰原はリュウちゃんと!
 無駄にでかい元親は静ちゃんと凸凹コンビでハイ!!! 決定!!!」

「無駄にでかいってひどいよナミー先輩!!」
「ナミー…あとで覚えててね…」
「ちょ、静ちゃん、そのイライラは
 是非後輩ちゃんの指導で発散させてください!!」

「俺は灰原とか…」

「よろしくお願いします、柳生先輩」

「なんでよりによって…」

「じゃ、よろしくな、ユッキー♪」

「ユッキーって呼ばないでもらえますか」

なんでよりによって俺の担当が浪川先輩なんだ…。
正直苦手なタイプだ。
賑やかな人間は賑やかな奴と組めばいいのに
どうしてこうなったのかまったく理解ができない。

結局ここまで来ても
"プリンスコンテスト"が何なのか皆目見当もつかない。
ただ一つ分かるのは、嫌な予感しかしない…ということだ。


〜レッスン0 HOW TO プリンスコンテスト〜

ボクをレッスンをしてくれるのは静ちゃん先輩っていう
いつも眠そ〜にしてる先輩。
どんな人なんだろう…楽しみだな。

「で、えーと…柊くん? だっけ」

「柊元親です!
 静ちゃん先輩っていつも図書室にいますよね?
 図書室の眠り姫って、もしかして静ちゃん先輩の事?」

「……それ、誰が言ってたの?」

「やだなぁ〜噂ですよ!」

「どうせナミーでしょ、あとで宇宙人に報復してもらっとこう」

「え!? ボクも宇宙人に会ってみたいなぁ〜」


教室は騒がしいからと、僕は静ちゃん先輩に連れられ図書室にやってきた。
図書室に来ることは滅多にない。
正直な所、本は苦手。

シンと静まり返って、控えめな電灯も嫌いな要因の一つ。
寂しかったあの頃を思い出すんだ。

「…図書室、嫌い?」

「えっ? えーっと…、そのー…。
 嫌いってわけじゃないんですけど」

「本は嫌い?」

「嫌いというか、苦手?
 まぁ植物図鑑とかは、たまに読みたいなーって思うんですけど」

「うそ」

「……」

「正直本嫌いでしょ?」

…この先輩、眠り姫なんてとんでもない。
なんて言うんだろう、同じ"におい"がするっていうか…。

「当たり?」

にっこりとほほ笑むと、先輩も満足そうにふっと笑った。

「ま、いーんじゃない? おれも本読まないし」

「それより早く"プリンスコンテスト"の詳細教えてくださいよ。
 ボク早く終わらせて、転入生ちゃんと一緒に帰りたいのにー」

「君、あの子と一緒に帰る約束でもしてるの?」

「してないから、帰っちゃう前に捕まえたいの!」

「ふーん、でも彼女、今日は多分君とは帰らないと思うよ?」

「なんで先輩がそんな事わかるんですか?」

「教えてあげない」

「ふーん、まぁ良いですけど。
 あ、そういえば、この間の家庭科の授業の時も可愛かったなー」

「ほら、コンテストの事ここに書いてあるからこれ読んで」

あからさまに不機嫌そうな顔をして、先輩は一冊の冊子を取り出した。

「"20XX年度 第一回プリンスコンテスト"…?
 あ、これってもしかして去年のコンテストのパンフレット?」

「そ。説明するのめんどうだから、それ見て。
 じゃ、おやすみー」

「え!? あ、ちょっと静ちゃん先輩!?
 なんだよ〜、先輩、ボクのお世話係じゃないの?
 仕方がない、先輩起きるまで読むか〜」


-王立王子学園 "第一回 プリンスコンテスト"-

由緒正しき王子の末裔が集い、学ぶ本校は、
いずれの生徒も王子としての立ち振る舞いを
常日頃から意識し、心身ともに精進している。

"プリンスコンテスト"は
学期末の学力テストとは別に本校のシンボルとなるような
"プリンス"を選出する事を目的に
生徒による、生徒のための、生徒達が選ぶ
"ベスト・オブ・プリンス"を決定すべくここに開催する。
(決して、私(※学園長)の暇つぶしなんかじゃないんだからね>////<)

コンテストは大きく3つの部門に分かれ、
トータルの得点数+生徒諸君の投票によって選出される。

(1)エスコート部門
名の通り、いかに姫君を完璧にエスコートできるかを競う。
王子的、かつ紳士的な振る舞いで
姫君をどれだけ満足させられるかがポイント。
ちなみに、方法は問わない。

(2)舞踏会部門
社交界に舞踏会はつきもの。
自分の開いたパーティーや、招かれたパーティーで
どれだけ美しく舞うことができるかが競われる。
また、ダンスの方法(種類)は問わない。

(3)愛の言葉〜Je t'aime〜
姫は社交界の華。
可憐で儚くたおやかな華は
皆、その寵愛を受けんとする。
どの王子が姫の心を射止めるかは、王子次第。
もっともロマンチックな愛の言葉を贈ったものが勝利を手にする。
これまた方法は問わない。


「…なにこれ!? まったく意味わかんないんだけど!
 最後結局方法は問わないって書いてあるし!
 結局何をどうすればいいのかまったくわからないよ〜」

「そう、気づいた?
 このコンテストの恐ろしいところはね…
 結局何が目的なのかわからないところなんだよ」

「うわああああ!!!!! 静ちゃん先輩いつの間に起きてたの!?」

パンフレットの向こうに、
いつの間にか起きていた静ちゃん先輩の眠そうな顔が見えた。

「さ、じゃあパンフレットも読んだことだし…
 まずはエスコート部門の練習から…始めようか?
 ちなみに、去年の優勝者は、ヤギューだから」

「へー、そうなんです……ってえぇぇえぇえええぇぇぇ!?
 あのヤギュー先輩が!?」

「何が起こるかわからないんだ、このコンテストは。
 だから、甘く見てたら……地獄をみるよ」

「いやだあああああああああああああああああ」

こうしてボクたち二年生は、
コンテストに向けて三年生の先輩にみっちり
仕込まれることになるのだった…。


「ぶえっくしょい!!!」

「大丈夫ですか、柳生先輩」

「ん、すまん。風邪でも引いたか…。
 たるんどるな」

《4話へつづく》







【第2話】

「プリンスコンテスト…」

退屈な午後の授業時間を全て睡眠に費やしたおれは
帰りのHRで配られたというプリントの内容を
ナミーから強制的に聞かされている。

「静ちゃん!
 ねぇ静ちゃんってば聞いてんの!?」

ナミーこと浪川拓海はおれのクラスメイト。
軽そうな見た目に反して実は…

以下略。

「なに!? 以下略って!
 ちゃんと最後まで説明して!?
 オレただの軽そうなやつになってんじゃん!」

「わぁ。
 すごいね、ナミー」

おれの心の声をまるで
読んでいるかのようなナミー言葉に
少し大げさに驚いてみせる。

「全部口に出てたかんね!?」

ぷりぷりと怒っているナミーを横目に
もうひと眠りしようかと考えていたら、
突然頭部に衝撃が走って一気に目が覚める。

「いっっつ――!」

顔を上げるとおれの友人、
柳生龍之介が立っていた。

「いつまで寝ているつもりだ、静」

どうやらおれは、
この目の前に立っているヤギューに
チョップをお見舞いされたらしい。

「ヤギューの馬鹿力…」

痛みを堪えながらぼそっと呟くと、
ヤギューの目がぎらっと光った気がした。

「ほう…静はもう一発くらいたいみたいだな」

しまった…どうやら聞こえていたらしい。
今まさにヤギューの鉄拳が振り下ろされようとしている。

「た、たんま!
 嘘ですごめんなさい」

再び襲ってくるであろう痛みに
覚悟をしながら目を瞑った。

「分かったならそれでいい」

ふんっ、と鼻で笑って
下しかけた手を収めたヤギューにほっと一息つく。

「リュウ、
 静ちゃんは普通の人間なんだから手加減してあげてね…」

「なんだ拓海、
 まるで俺が普通の人間じゃないみたいな言い方だな」

ナミーぐっじょぶ。
ヤギューの興味はナミーに移ったようで少し安心する。

「いやいやいや!
 そういう意味じゃなくてね!
 ほ、ほら!
 今はそんなことしてる場合じゃねーんだって!
 これ見てこれ!」

そう言いながら、
先程先生から配られたという
プリントを指さしている。

「この紙っきれがどうかしたのか?」

初めてみた、と言わんばかりにプリントを見ている。

「ちゃんとプリントに目ぇ通して!? 頼むから!」

ナミーの話によると、
2年生の中から一番のプリンスを選ぶために
イベントを開催するんだそうだ。

「そういえば、去年おれ達もやったよね」

確か去年のナンバー1プリンスは…。

「そうだったか? 覚えてない」

ヤギューだった気がするんだけど、違ったかな。

「覚えてないって!
 俺を負かしておいてそりゃないぜ!」

頭上にハテナマークを飛ばしているヤギューに
よよよ、と大袈裟に泣き崩れるナミーはちょっと可哀想だ。

「途中までまったく興味なかったリュウが、
 優勝商品の中に豆大福1年分っていうのがあるって聞いて
 急にやる気なんか出すから!」

思い出した、
去年優勝候補とさえ言われていたナミーが敗北した理由。

「ヤギュー、豆大福好きだよね」

ヤギューのこういうところは
ちょっと可愛いな、なんて思う。
怒ると恐いけどね。

「優勝商品に豆大福入れたやつぜってー許さねぇ…」

まだ根に持っているらしいナミーにくすりと笑いながら
先程から浮かんでいた疑問点について聞いてみる。

「ところで、2年生のイベントなのに
 どうしておれ達にもプリントが配られてんの?」

だからね、と
順を追って説明してくれるナミーはやっぱり優しいなぁと思う。

「っていうわけなの!
 さっきHRで先生が言ってたからね!?
 ちょっとリュウ聞いてた!?」

ナミーが喋っている間
ずっと天井を見上げていたリュウがやっと視線を下に戻す。

「いや、さっきからあそこに
 でっかい虫がいると思って見てたんだが
 どうやらただのゴミだったらしい」

そのすっとんきょうな返答に思わず吹き出してしまう。

「ぷっ。あははは! ヤギューさいこー」

中々笑いが止まらないおれと、何か変な事言ったか?
というヤギューを交互にみて、
もう駄目だとうなだれるナミー。

可哀想に…。

「ナミーごめんって。
 ちゃんと聞くから。
 で、結局おれ達は何をすればいいの?」

がくりと垂れていた顔をあげた
ナミーの放った言葉に
おれは聞かなきゃ良かったと後悔した。

「2年生の王子達の相手役を
 オレ達3年生が務めるんだって」

未来の王子達の役に立てるなんて、とても光栄です。

「やだよめんどくさい」

「静ちゃん!
 心の声のほうが口に出ちゃってるよ!」

だって、心の底からどうでもいい。

2年生の誰がプリンスになろうが
正直知ったこっちゃないし
ましてや相手役だなんて…。

「面白そうだな」

珍しく興味を示したヤギューに目をやると
本当に楽しそうな表情を浮かべていた。

「お! やる気出してくれた!?
 リュウおとーさん!」

おとーさんっていうのは、
ヤギューがおれ達のお父さんみたいだから。
ぼんやりしてるけど、いざと言う時すごく頼りになるんだ。

「2年ボーズ達の根性を叩き直すいいチャンスだしな」

そう言って
指をポキポキと鳴らしているヤギューをみて
2年の子達…ご愁傷さま、と小さく呟く。

「なんだかとっても物騒!
 頼むから面倒ごとは起こさないで!
 先生に怒られんの俺なんだからさー」

ナミーは良くおれ達の代わりに
怒られてくれてるみたいなんだけど、
なんでだろう?

「まぁ、今年は2年に編入してきた
 彼女も参加するみたいだから
 ちょっと楽しみなんだよねーオレ」

それは初耳だ。

「ねぇ、参加するって…どういう風に?」

少し興味を持ったおれに、
ナミーがにやりと嫌な笑いを浮かべて答える。

「なんか審査員的な? んで、
 オレ達3年の中からも一人特別賞として選ばれるみてー。
 もしかしたら、彼女からの熱〜いキスとか…!?」

一人でテンションが上がっているナミーは放っておいて、
特別賞について考えてみる。

(そうか…。 特別賞もらえるなら。
 それに彼女も参加するなら、
 少しは楽しくなるのかもしれない)

彼女とのことを考えて一人の世界に入っているナミーと
教室で剣道の素振りをしているヤギューを見て
この二人になら勝てるな、と妙な自信が湧く。

何か策を考えなければと
思考を巡らせていると
突然教室のドアが開かれる。

「すみません。
 2年の灰原孝貴です。
 浪川先輩、荊木先輩、柳生先輩はいますか?」

開かれたドアから顔を出したのは
2年生のプリンスとして有名な灰原君だった。

《3話へつづく》







【第1話】

『本物のプリンスは誰だ!?
 2年生を対象としたプリンスコンテスト開催決定!!!
 …と言うわけで、2年生は、3年生の力を借りて
 ナンバーワンプリンスの座を勝ち取ってくれたまえ☆ by学園長』

「…………」

って…何これ?

帰りのHRの後、
担任から配られたプリントに目を通しながら溜息を漏らす。

俺の名前は灰原孝貴。
この王立王子学園のミスタープリンスと呼ばれている。
理由はわからないんだけど…。

しかし、プリンスコンテストとは
また思い切った企画をしたな、と思う。

イベント好きな学園長は、
よくこういった企画を立てては
俺達生徒を驚かせていた。

「また妙なイベントに参加しなきゃいけないのか」

本日二度目の溜息をもらした俺に、
クラスメイトの雪斗が声を掛けてきた。

「どうした灰原。
 お前が溜息をつくだなんて珍しいな」

彼の名前は白瀬雪斗。
一見クールで冷たく見えるんだけど、
本当は友達思いの優しい男の子。
それと本人に言うと、
顔を真っ赤にして怒るんだけど。

「雪斗も見たでしょ? このプリント。
 俺、今から不安で仕方ないんだけど…」

「ああ。学園長の事だ。
 きっと何か考えがあってのことだろう」

真面目な表情で
少し下がった眼鏡をカチャリとあげる雪斗を見ていると
ああ…雪斗は将来悪質な詐欺とかに
引っ掛かったりするんだろうな、
なんて余計な心配をしてしまう。

「…そうだと良いんだけどね」

苦笑いを浮かべて雪斗の将来を案じていると
もう一人の賑やかな友達が駆け寄ってきた。

「コウちゃーん!
 なーにしてんの?
 早く帰ろー!
 今日はどこ寄って帰る?
 アイス屋さん?」

俺の首に抱きつきながら
体重を掛けてくる彼の名は柊元親。

甘い物とお花が大好きで、
可愛らしい顔をした男の子。
いつもキャラメルを持ち歩いている彼に
理由を聞いたことがあったんだけど、
お守りみたいなものだよ、って教えてくれた。

「ち、チカ…重いよ…。
 退いて…」

俺より背の高いチカに、
こうもずっと圧し掛けられていては
さすがに苦しい。

「それともクレープ屋さんにする??」

こらこら、人の話をちゃんと聞きなさい。
やれやれ、と注意をしようとするより先に
雪斗が口を開く。

「おい柊。
 灰原が迷惑だと言っているだろ。
 早く離れろ。大体お前は…」

「あれ?
 ユッキーいたの?」

雪斗の次に続く言葉を待たずに、
まるで今気づいたとばかりに
小首をかしげるチカ。

その可愛い顔から繰り出される意地悪な言葉は
まるで小悪魔みたいだ。

「柊…お前は俺を怒らせたいようだな…!」

「え?
 ユッキー怒ってるの?
 もう、しょうがないなぁ!
 イライラしやすいユッキーには、
 キャラメルをあげまーす♪」

「…むがっ」

「ぷっ。
 ユッキーおもしろーい!」

あーあ、また始まった…。
こうなった二人はもう手が付けられない。

「……お前なぁ…!」

「こら、そこまでだよ。 二人とも」

本格的に喧嘩になりそうな
2人の仲裁に入るのは俺の役目。

「灰原、
 まさか俺が悪いとか言い出すんじゃないだろうな」

「今回はチカが悪いよ。
 ほら、ちゃんと雪斗に謝って」

「…はーい。
 ごめんなさい、ユッキー」

しぶしぶ、と言った表情で謝るチカはちょっと可愛い。

「…まぁ、分かればいい」

ふん、と少し顔を赤くして言う雪斗も
チカと同じく可愛いな、なんて思って少し笑ってしまった。
こんなことを口に出したら雪斗に怒られそうだけど。

「灰原、何を笑っている?」

「ううん、なんでもないよ」

「変なコウちゃん〜」

すっかり下校ムードになってきたところで
先程のプリントの内容を思い出した。

「あ、そうだチカ。
 さっき雪斗とも話してたんだけど、
 先生から配られたプリントは読んだ?」

「プリント?
 あーもらってすぐ机にしまっちゃったから
 読んでない!」

やっぱり…。

「柊、何回も言っているが
 配られたプリントにはきちんと目を通せ」

「だって文字ばっかで
 疲れちゃうんだもーん」

頬っぺたをぷぅっと膨らませるチカに
雪斗は呆れた、という表情で俺に助けを求めてくる。

「…まぁ、簡単に説明するとね
 学園長からプリンスコンテストっていう
 イベント企画のお知らせが来てたんだよ」

「プリンスコンテスト…?
 なにそれ」

「2年生の中から一番のプリンスを選ぶために
 行われるイベントを開催するらしい。
 つまりは俺達の中から
 ナンバーワンプリンスを選ぶってことだ」

「何それ楽しそう!」

プリントに書かれていた内容を簡単に伝えると
チカが目をキラキラと輝かせた。

「遊びじゃないんだぞ、柊。
 学園長からのご提案だ。
 きっと将来俺達の役立つ重要なイベントに違いない」

だから雪斗、騙されてるって…。
あのお祭り好きな学園長が
そんな事を考えて企画しているとは考えにくいよ。

「ナンバーワンプリンスに選ばれたら
 何もらえるのかなぁ♪」

「さあな。
 というかまさかお前、
 ナンバーワンになれるとでも思っているのか?」

あったり前じゃん! と
胸を張るチカに
雪斗はやれやれといった表情で返す。

「プリンスというくらいだ。
 一般常識やマナーも必要になってくる。
 お前に出来るのか?」

「うるさいなぁ!
 それくらいボクだって出来るもん!
 ていうかユッキーより頭良いもんね〜、ボク」

文字通り"カチン"という音が
雪斗から聞こえたような気がして
慌てて仲裁に入る。

「こら、二人とも喧嘩しない。
 チカはいちいち雪斗に絡まないの」

もう、この二人手に負えない…。

何とか喧嘩を止めることは出来たものの
二人とも不機嫌オーラをまとっている。

「じ、実はね。
 このイベントで気になることがあるんだ」

「「気になること…?」」

頭の上にははてなマークを浮かべた二人は
俺がプリントのある一文を指さすと
覗き込むように顔を寄せる。

「えーっと、コンテストのサポート役は3年生…」

「詳しくは先輩たちに聞け…?」

3人で顔を見合わせる。

正直なところ、
このプリントに書かれている内容だけじゃ全く分からない。
詳しくは3年生に聞けってことらしい。

「ねぇ、コウちゃん、ユッキー。
 なんで3年生?」

「俺が知るわけないだろう」

「とにかく3年生に聞いてみるしかないね。
 俺達が知っている3年生と言えば…」

思い当たるのは
3年生の中でも由緒正しき
王子の末裔と噂の3人組みだった。


《2話へつづく》