Special Story

天使なペットくん シロ編 前夜


「初めまして、ご主人様。僕は、シロ。今日から僕が、ご主人様のペットになります」

 ぴんと背筋を伸ばして、真っ直ぐ前を見て、にっこり笑う。
それから、ご主人様の目をしっかり見ながらきちんと挨拶をして、ぺこりと頭を下げる。

「……うん、大丈夫……かな。……いや、でも、もうちょっと元気な方が、ご主人様も喜んでくれるのかな? 『初めまして、ご主人様! 僕、シロ! 今日から僕が、ご主人様のペットです!』……うーん、ちょっと違う?」

 やっぱり、さっきの方がいいかなぁ。なんて考えながら挨拶の練習をしていたら、店の奥から、クスクスと笑う声が聞こえてきた。
 慌てて笑い声の方を見ると――このペットショップのオーナーさんが、笑いながらこちらを見ていた。

「また練習ですか? シロくんは、本当に一生懸命ですね」
「オーナーさん! あはは、そんなことないです。僕、練習しておかないと、失敗しちゃいそうで。最初から失敗したら、未来のご主人様をがっかりさせちゃうかなって」

 このペットショップに所属する新人ペットの僕は、もう人がいなくなった店内で、一人『ご挨拶』の練習をしていた。
 僕は明日から、この店でご主人様を待つことになる。
 今まではペットの登録だけして、お店で待機することはあまりなかったんだけど……僕が、なかなかご主人様を見つけられなかったから。

(だって、緊張しちゃうんだ。出会い頭に「僕を飼ってください!」なんて言えないし)

 だからこのお店で、ペットを探しに来た人に声を掛けることになった。
 新人の場合、そっちの方が成功率が高いみたい。時々店に遊びに来る先輩ペットのクロくんが教えてくれた。

(そういえばクロくん、もう新しいご主人様見つけたのかな?)

 脳裏に浮かんだ、いたずらっ子みたいな笑顔。
 クロくんは、ちょっぴり意地悪だけど、素敵な人だから。きっと、大丈夫だよね。

(それよりも、今は自分だ)

 いつまでもぐずぐずしてたら、クロくんや、素敵な先輩ペットさんたちに笑われちゃう。しっかりしなくちゃ。

「緊張しなくても大丈夫ですよ。そのままのシロくんを受け入れたいと言ってくれる人が、きっと現れます」

 ぐるぐる考えていると、ふいにオーナーの声が降ってきた。
 その言葉に、少しだけ肩の力が抜ける。

「……そうだと、いいなぁ」

 僕をそのまま受け入れてくれる人かぁ、と考えて……ふと、昔の記憶がよぎった。
 小さい頃、僕の手を引いてくれた温かい手のひら。
 そのぬくもりに、背中に、笑顔に。僕は憧れて、恋をして……。

「ふふ」

 なんだか胸が温かくなって、思わず笑みが溢れる。
 そんな僕を見て、オーナーは、微笑みながら僕の頭を撫でてくれた。

「いい笑顔です。その調子で、明日から頑張りましょう」
「はい!」

 あの頃、僕がもらった幸せや愛情を、今度は僕が、ご主人様に渡したい。
 どんなご主人様のところへ行くのか、ドキドキするけど……どんなご主人様でも、きっと、笑顔にしてみせるんだ!

「……楽しみだなぁ」

 ペットになったら、何をしよう。
 ご主人様を失望させないように、しっかりペットでいられるかな。
 もし怒られたら、しっかり反省して、期待に応えられるように頑張らなくっちゃ。
 ……なんて、あんまり気合い入れてたら、呆れられちゃうかなぁ。

「リラックス、リラックス」

 今から緊張していたって、仕方がない。肩の力を抜いて、僕らしくいよう。
運命の人に出会いたい、なんて贅沢は言わないけれど、願わくば、楽しい生活が待っていますように。

「シロくん。今日はもう遅いから、家に戻りなさい」
「あ、はい! オーナー、明日から改めて、よろしくお願いします」

 オーナーにぺこりと頭を下げて、身支度をして店を出る。
 空を見上げると、ちらほらと星が見えた。両手で数えられるくらいの、小さなきらめき。
 大学の仲間と見に行った星空は、もっともっときれいだったのになぁ。
 都会の空が嫌いとは言わないけど、視界いっぱいに広がる星空を思い出して、自然に口角が上がる。
 もし、僕の話を喜んで聞いてくれるご主人様だったら……あの星空の話を、してみるのもいいかもしれない。

「僕、頑張るよ。お姉さん」

 記憶の中の「憧れの人」に、こっそり誓う。
 その時、きら、と、視界の端で星が流れた気がした。

「え? ……まさかね」

 こんなに星が少ないのに、運良く流れ星が見えるはずがない。
 そう思ってはいても、なんだかいいことの前兆のように感じて、嬉しくなる。
 きっと、素敵な日々が待っている。ううん、素敵な日々に、するんだ。諦めず、努力して、素直に、真っ直ぐに。オーナーが褒めてくれた僕の性格を、曲げずにゆっくり歩いていこう。
 そして僕は、明日への期待に胸を膨らませながら、夜色のアスファルトをゆっくりと踏みしめていった。