Special Story

小悪魔ペットくんクロ編 少し先の未来で


「……げ」

 メールの差出人を見て、思わず声が漏れた。
 差出人――ペットショップのオーナーから届くメールは、小言であることが多い。それが 3 年の付き合いで得た結論だ。

「どうせまたいつもの『ご主人様探しは順調ですか?』って連絡に違いない。無視無視。無視しとこ」

 チカチカと画面の端を光らせ、新着メールの存在を告げるスマートフォンをひっくり返し、ベッドに寝転がった。
 午後 3 時。一寝入りするのにはちょうど良い時間かもしれない。そう思い、ゆるゆると目蓋を閉じかけたところで、来客を告げるインターホンの音が部屋の中に鳴り響いた。

(誰だろう。……あ、この間注文した洋服かな)

 発送の連絡が来ていたような気がする。
 あくびをかみ殺して玄関へと向かい、扉を開けると――。

「こんにちは、クロくん」

 招かれざる客の姿がそこにはあった。

* * *

(……なんでこんなことに)

 ため息をつきたいのを我慢して、テーブルの向こうへと視線をやる。
 にこにこと人のよさそうな笑顔を浮かべて、麦茶を飲んでいるのは、ペットショップのオーナーだ。つい数分前に無視を決め込もうとした相手が、まさか家に乗り込んでくるなんて、誰が想像していただろう。

「で、何しに来たの? オーナー」

 とりあえず、用事を早く終わらせよう。その一心で、口を開いた。

「大事なペットの様子を見に来ただけですよ」
「ちょっとちょっと、その言い方語弊があるんですけど。俺は別にオーナーのペットじゃないからね」
「ふふ、そうですね。すみません」

 反省する気があるのかないのか、どこかゆったりした物言いに肩の力が抜ける。
  気を許したのも束の間、まだ半分ほど麦茶が残ったグラスをテーブルに置き、オーナーは『……もうすぐ2ヶ月ですね』そう零した。

「ん。そーだねぇ」

 前のご主人様とお別れしてから、もうすぐで 2 ヶ月が経つ。 ここまで間が空くのは久しぶりだった。物好きがいるのか、はたまたあまり世話をしなくて済むから楽なのか。いつもなら早くて一週間後には、新しいご主人様が決まっていたのに。

「あまり、気が乗りませんか?」
「――え?」

 予想外の質問に首を傾げる。

「前回の方は、その。こちらから契約を破棄する形になりましたから」
「別に、気にしなくてよかったのに」

 家にいれてもらえない日が、何日か続いただけだ。ペットに対する責任放棄、ということで契約が打ち切られたらしい。

「その間カラオケ行ったり、ファミレス行ったり、結構自由に過ごさせてもらったからさ」

 あまり他人に干渉されたくない身としては、丁度いいぐらいの距離感だったかもしれない。

(それを言うと、オーナーはあんまりいい顔しないけど)

そういえば、以前オーナーに『誰かと一緒に過ごすのも悪くないですよ』と、言われたことがあった。その時は……いや、正直今でもその言葉の意味はわからない。――でも。
 少しだけ暗くなってしまった空気を吹き飛ばすように、言葉を続ける。

「ま、でも。そろそろ面白いご主人様が見つかっても、いいんじゃないかな~とは思ってるよ」
「面白い、ですか?」

 今度はオーナーが、予想外の答えに首を傾げる番だった。

「そ。人として興味が引かれるっていうか、見てて飽きないっていうか」

 飽きっぽい自分が、ずっと一緒にいてもいいと思えるような、そんな存在に出会えたら。そうしたら少しは、毎日を楽しいって思えるようになれるかもしれない。

「――クロくんなら、きっと、見つけられますよ」
「ありがと、オーナー。たまには良いこと言ってくれるじゃん」
「たまにはではなく、いつも言っているでしょう?」
「あははっ、そういうことにしといてあげる」

 もし本当にそんな相手に出会えたら。
 淡い期待を胸に閉じ込めるように、グラスに入った麦茶を一口、ごくりと飲み込むのだった。